maintain secrecy












 金属の引き戸に二回のノック。

 一面に書類を広げた会議机から手塚が目を上げると同時に、ガラリと開いてレギュジャ姿の乾が顔を覗かせた。

「やあ」

「ああ」

 返事を待たなければならないほど閉鎖的な場所ではない。乾は長身をやや屈めて戸口をくぐると、勝手を知った様子で床の模造紙を跨ぎ、半ば資料庫と化している部屋をざっと見渡した。

「他の役員は?」

「印刷室と放送室と職員室だ。何かあったか?」

 乾は再び視線を落としている手塚の前に、これ、と一枚のB5用紙を滑らせ、

「メニュー表に、予算案が混ざってた」

「すまん、探していた」

 礼を言って受け取った手塚の喉がコホ、と鳴って、乾は軽く眉を上げた。

「風邪じゃないよな。花粉症か?」

「いや。埃のせいだ」

 見えている床は掃除してるんだが。咳払いをして書類を揃え、クリップで角を留めると目を通し始める。

 入り口近くのコピー機(故障中)に肘をついた乾は、黒板に書かれた落書きの中に『人間が頭脳労働する環境じゃないYO!』という愚痴を見付けて少し笑った。

 手塚は西日を避けて引かれたカーテンを背に、古いパイプ椅子に腰掛けている。机越しの会話。

「古い物も多いからな。迂闊に片付けられない」

「確かに、」

 乾はちょっと待って、とポケットを探り、リストバンドとハンドタオルを出してまた仕舞った。

「…部室か。これでいい?」

 言うと自分の顔、正確には口元を指す。カラ、と固い物のぶつかる微かな音がして、手塚は乾が飴を含んでいることに気付き、頷いた。

「ああ」

 乾は机を回り込むと、座った手塚の斜め前の縁に浅く腰掛けた。机に片手をつき、上体を屈ませる。手塚は少しだけ首を傾けて目を伏せた。

 眼鏡のフレーム同士が当たって僅かな音を立てる。唇は一瞬だけ触れ合ってすぐに離れた。

「すまん」

 器用に素早く移された飴を口内で転がし、手塚が目を開ける。乾はついでのように手塚のこめかみに軽く口付けてから身を起こした。

 控えめな甘さと微かな苦み、清涼な香り。

「部活、出られそう?」

「もうすぐ終わる」

「ん。じゃあ後で」

「ああ」

 ドア向こうの廊下から軽めの足音がする。ほぼ確実に女生徒。おそらくは副会長。

 乾が机から一歩離れると同時にドアは開いた。予想に違わず、乾と昨年度同級で、現生徒会副会長の鈴原が入ってくる。

「あ、乾くん」

「やあ」

「手伝ってくれるの?」

「今日はそこまで困ってないだろう」

 年度が替わった直後は相当乾の情報処理能力に世話をかけたが、そうやたらと部外者の手を借りてはいられない。

「そりゃ何よりだ」

 生徒会の非公式補助員(緊急時のみ)と認識されている乾は肩を竦め、「残念」と言って笑う鈴原と擦れ違って生徒会室を出た。

「あ、ねぇ。今度てんとう虫もひとつくれる?友達に」

「いいよ」

 引き戸のレールを挟んでほんの少しの会話と挨拶。

 ドアを閉める直前、既に背を向けた鈴原の肩越しに手塚と目が合う。乾は微笑んだ。手塚は瞬きをして作業に戻った。

 ドアを閉めて歩き出す。無人の廊下はよく音が響いて、足音を控えるとかなり遠くの情報も拾える。




「会長、飴なめてる?」

「ああ」

「甘い物食べたりするんだ」

「…喉飴だが」

 小さくなっていく会話を背中に聞いて、乾はひっそりと笑った。














Do you have secret ?


青春学園中等部生徒会本部。会長は稀代の切れ者で他スタッフも優秀な、既に殿堂入り決定の無敵生徒会。の割に会長の機密保持(注:恋愛事情の)は案外杜撰。というか乾任せ。

霧雨初接吻なのにこの淡々振りは一体。作者がシャイだからですか。(←自爆発言)

これは4月の話で、多分ランキング戦前。てんとう虫は別シリーズへの伏線(=自らへの戒め)です。

2003.5.17